慰安婦と戦場の性 (新潮選書)



慰安婦と戦場の性 (新潮選書)
慰安婦と戦場の性 (新潮選書)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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なぜ兵士の証言は採用するのか?

今や右派雑誌?「諸君!」の常連執筆者となり完全に自自由主義史観論者となってしまった歴史家の過去の著作。この当時はまだ現在のような詭弁的な論は立てておらず、この本は慰安婦についてある見方に立ってかなり網羅的に書かれている。しかし時期が古いためか、著者としても自信がないためか、強制連行はあったのか?証言は信用できるのか?など疑問点についてきちんと答えておらず曖昧な印象を受ける。

秦氏は証拠資料の調査に基づくいわゆる実証主義の歴史家(証拠のある歴史)と言われ、この本でもそれが期待されるが、慰安婦関係の多くの政府・軍資料の検討・批判はなぜか行われていない。また秦氏がいう所の民間業者が軍相手に抱えている慰安婦の存在に関する一次資料は、まったく登場せず、この点では残念ながら実証主義とは言えない。

代わって秦氏が採用したのは、当時の兵士の体験・証言であり、それまでの秦氏ならば採用しない口伝に基づいた慰安婦の歴史が記されるのは驚きだ。なぜなら、秦氏は一方では元慰安婦の証言を、様々理由で怪しいとしており、元兵士の証言は信用するが、元慰安婦の証言は信用しないというダブルスタンダードが採用されているからだ。

この点に気付くとこの本の信頼性には首をひねらざるを得ない。
期待はずれ、やや力不足なり

日米開戦や蘆溝橋事件などの緻密な研究を予想したが、期待はずれだった。文献引用は多いが実際の調査に基づくものではなく、資料研究の域を出ていない。肝心の慰安婦の生態についても同様で、ああまり細かい説明はなく、なにか読み物(小説)のような感じを受ける。この感覚は千田夏光などの1970年代の本と同様であり内容自体も同じとも言える。秦氏が力を入れているのは、国連の報告書の批判や、吉田清治の嘘の告発、他国の似た制度の話だが、現在では強制連行があったか否か・性奴隷なのか売春婦なのかが焦点となっておりこの点でも期待はずれだった。

元兵士などへのインタビューなどもあるが決定打に欠け結局結論が出ず終いである。やはり秦氏には慰安婦はやや専門外だったという印象だ。
反論の為の内容のない本

慰安婦について吉見義明と違う見方を示すある意味貴重な本だが、内容はどうだろうか?著者の関心は慰安婦自体にはなく、吉見義明への反論にしかないように見える。この本自体では慰安婦がどういう生活をしていたか、慰安所という仕組みがどのように作られたか全く見えてこない。結局この本の価値は最後の7つの論争点にしかないように思う、しかしそれも2007年の今となっては産経新聞などで聞き飽きたものであり、時間が経つにつれ内容の貧困さが顕わになってきたように感じられる。また反論を提起するそうした内容自体についても憶測、伝聞などはっきりしない書き方が多くて、そもそもこれが研究と言えるのか?という感じが否めない。これは私1人の感想ではなく例えば刑法学者の前田朗は戦争責任研究という雑誌で同じ事を書いていることである。

いわゆる自由主義史観論者の中でただ1人研究者として慰安婦について本を書いた訳だが、秦氏は慰安婦がどの位行動の自由があったか、いくら収入があったか示せず具体的に示せず、その力の限界を露呈したように感じた。
善悪感情論に振り回されない、まともな歴史家の本

従軍慰安婦論争は、「良い」「悪い」という、さも自分が歴史を裁く神になったかのごとき論が横行している。
例えば、「慰安婦はかわいそう」や「慰安婦はいい環境だった」といった主観的で検証のしようのない語を並べる歴史家は多い。

また、何でもかんでも「関与」というあいまいな言葉で逃げを打ったり、逆に「強制連行がなければ何も問題ではない」という極端な論も飛び交う。

重要なのは「慰安婦に何があったか」であって、それ以上でも以下でもない。
秦郁彦氏はそうした真摯な姿勢を忘れていない。

従軍慰安婦問題について知りたい人が最初にこれを読めば、左右両論の無茶さ・強引さはよくわかると思う。
これなら、歴史書として合格点

著者の一次資料へのこだわり、客観的な視点からの双方向的な資料収集と分析は、この問題に限らず、圧巻である。
それが、慰安婦否定派には「物足りない」と感じさせ、慰安婦妄信派には「学者失格」と感じさせるとしても、常に「再検証できる生の資料」から論を組み立てる姿勢は敬服する以外ない。
しかし、考えてみれば、プロの歴史家であれば、ノイズのないありのままの資料を求めるのは当然の心理であり、偏りなく歴史を記述しようというのもまた当然の職務である。
マスコミに踊らされ、売名のために嘘の証言をした元兵士を妄信し、一方的な過去の断罪をして歴史家と称する似非学者が居る一方で、著者のようなプロ意識のある人材が我が国に居ることが幸いである。
願わくば、せめて日本に存する歴史家の過半数は、この程度の見識をもって仕事をしてもらいたい。



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